宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

座長コメント(一般演題)

セッション6: No. 31-34

座長: 森田啓之,関口千春

このセッションでは,ベッドレストの精神・心理的影響,宇宙飛行による水腎症発生,head-down tiltが味覚に及ぼす影響の計4題の発表があった。
 最初の2演題は,ベッドレストによる精神・心理・身体的影響を調べたものである。14〜20日間のベッドレスト中アンケート調査を行い,ストレス,疲労,暗算能力,身体違和感などを調査した。暗算能力はベッドレスト中次第に向上した。これは,期間中何回も暗算計算を行うことによる練習効果のためと思われ,ベッドレスト自体の影響ではないと思われる。調査方法を再考する必要がある。また,腰背部痛などの身体違和感が現れることにより,微小重力環境で宇宙飛行士が経験する腰背部痛や気分・体調の地上モデルとして有用と述べているが,これに関してははなはだ疑問である。ベッドレストは,微小重力環境をシミュレートするために一般的に行われている手法であるが,その観点は,微小重力時の体液シフト,心・循環系の変化,筋肉・骨への負荷軽減のシミュレートであり,宇宙環境で起こる精神・心理的影響をシミュレートしているかどうかは,はなはだ疑問である。ベッドレスト自体の影響を調べるという点では,意味ある研究であるが,宇宙環境とどう結びつくかという点に関しては今後考察していく必要がある。
 16日間の宇宙飛行が幼若ラットに水腎症を引き起こすという演題は,興味深いものであった。生後9日齢で搭載したラットでは両側水腎症が観察されたが,生後15日齢で搭載したラットにはみられなかった。従って,水腎症発症には生後2週齢までに一定期間宇宙に滞在することが必須条件である。通常,水腎症の原因として尿路の狭窄による尿輸送能低下が考えられる。尿管での尿移動は尿管平滑筋の蠕動におうところが大と考えられているが,重力の役割に関しては,よく分かっていない。幼若ラットの尿管は平滑筋に乏しく,蠕動による尿移動能が十分ではないと考えられる。この期間に重力による尿移動が働かないと,尿輸送能が低下し,水腎症発症の可能性があるということを示唆している。
 最後の演題は6° head-down tiltにより唾液分泌量と唾液中Na+ 低下し,塩味閾値が上昇するというものである。一般に,唾液中のイオン濃度が低下すると,そのイオンに関する感受閾値は低下すると考えられるが,今回発表された演題の減少は逆である。宇宙滞在中には味覚の変化が起こり,いわゆる “濃い味” を好む傾向がみられる。その原因として,微小重力による体液移動を想定し,6° head-down tiltによるシミュレートによりその現象が再現できるかどうかを調べたものであり,現象を再現できたという意味では興味深い。今後,メカニズムとして,はたして体液移動が関与しているのか,前庭系入力が関与しているのか,あるいはストレス応答の一部なのかを検証していく必要がある。