宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

座長コメント(一般演題)

セッション2: No. 8-12

座長: 須藤 正道

このセッションでは,コックピット・リソース・マネジメントの臨床現場への応用,低圧・低酸素に関する研究,旅行者血栓症に関する研究,血球の状態を観察するマイクロ流体デバイスの開発に関する発表が行われた。
 コックピットクルー・リソース・マネジメントは航空業界において,ヒューマンエラーを防止するために開発された人材育成・管理方法であるが,これを応用することにより,臨床現場においても医療事故防止につながるという,非常にタイムリーな興味深い研究内容であった。
 民間航空機乗組員に対する低圧・低酸素訓練の必要性は認識されているものの低圧チャンバーという特殊な装置が必要であり実施が難しい。この発表では自衛隊航空医学実験隊の低圧チャンバーを使用し,民間航空機乗組員を対象に訓練を行った結果の報告であり,訓練を受けた乗組員からも,低圧・低酸素訓練を広く実施してほしいとの要望があったとも報告している。航空機事故防止の上でも,低圧・低酸素状態で意識レベルなどがどのように変化するかを体験することは非常に重要であり,早期の乗組員全員に対する訓練の実施が期待される。
 角膜矯正手術を行った場合低圧・低酸素環境下で視機能に影響があるかを検討した研究では,今回の実験では例数は少ないものの,明らかな視機能の低下は認められなかった。航空身体検査において角膜矯正手術は米国においては適合の取扱いがされているが,日本では二種に限定され,かつ,審査会条件となっている。コックピット内の低圧・低酸素環境でも視機能が低下しないかを検討することは操縦士の人的資源の確保および航空の安全運航の面からも重要なテーマであると考えられる。
 旅行者血栓症の予防に関しては,運動,水分摂取,弾性ストッキングなどが効果的と報告されているが,詳細な研究を行ったものは少なく,この発表では,下肢の水分量に着目し弾性ストッキングの効果を発表している。6時間航空機の座席で安静にしたとき弾性ストッキングを着用したときとしないときでは,着用しないときは下肢水分量が増加し,着用したときは変化が現れていない。したがって弾性ストッキングを着用すれば下肢に水分がたまりにくくなるが,旅行者血栓症予防としては運動なども組み合わせればさらに効果的だと思われる。
 血液検査用のマイクロ流体デバイスの開発は,微小重力環境でも利用でき宇宙飛行士の健康管理として有用な装置であると考えられるし,小型の装置であれば,ベッドサイド,航空機や旅行者血栓症の研究などでも利用が可能でその応用範囲はかなり広いと考えられる。
 このセッションでの発表は,まだ論文にするところまで到達していないが,重要なテーマが多く,今後研究を発展させ論文として投稿されることを期待する。