宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

38. 下肢サスペンジョンとベッドレストにおける筋萎縮の比較

秋間  広1,堀田 典生2,佐藤 耕平3,片山 敬章1,石田 浩司1,岩瀬  敏4

1名古屋大学総合保健体育科学センター
2名古屋大学大学院医学系研究科
3日本女子体育大学基礎体力研究所
4愛知医科大学生理学第二講座

Atrophy induced by unilateral lower limb suspension and bed rest

Hiroshi Akima1, Norio Hotta2, Kohei Sato3, Keisho Katayama1, Koji Ishida1, Satoshi Iwase4

1Research Center of Health, Physical Fitness & Sports, Nagoya University
2Graduate School of Medicine, Nagoya University
3Research Institute of Physical Fitness, Japan Women's College of Physical Education
4Department of Physiology, Aichi Medical University

【目的】 宇宙滞在によって生じる筋萎縮を地球上でシミュレーションするモデルはいくつか存在するが,下肢サスペンジョン (Unilateral lower limb suspension: ULLS)は,1991年にBergらによって報告された比較的新しいモデルである。一方,ベッドレストは宇宙滞在モデルのゴールドスタンダードとして,古くから実験が行われてきている。本研究では,この二つのモデルによって引き起こされた筋萎縮を比較し,ULLSの宇宙滞在モデルとしての有用性について検討することを目的とした。
 【方法】 ULLS実験には健康な成人男性8名が参加した。20日間のULLS期間中,被検者に対し実験脚である左脚の体重支持活動を含む,全ての筋活動を可能な限り制限した。ベッドレストは6度ヘッドダウン式で健康な成人男性5名が参加した。20日間のベッドレスト期間中,被検者はベッド上での安静を保った。ULLSおよびベッドレストの前後に磁気共鳴影像法により大腿部の横断像を撮影し,大腿四頭筋,ハムストリングおよび内転筋群の筋体積を算出した。
 【結果と考察】 ULLSでは大腿四頭筋 (1244±151 cm3 から1,147±119 cm3, −7.6%)および内転筋群(472±56 cm3 から437±84 cm3, −9.6%)の筋体積が,20日間のULLSにより有意な変化が認められた。また,大腿部全体においても有意な筋体積の低下が認められた(2,339±257 cm3 から2,180±232 cm3, −6.7%)。ベッドレストでは大腿四頭筋 (1,156±161 cm3 から1,138±155 cm3, −9.3%)に有意な筋体積の低下が認められ,大腿部全体においても筋体積(2,361±295 cm3 から2,160±278 cm3, −8.5%)の有意な低下が認められた。ULLSおよびベッドレストともにハムストリング(ULLS, −2.6%; ベッドレスト, −6.9%)の筋体積に有意な変化は認められなかった。二元配置分散分析による統計処理の結果,大腿部を構成するいずれの筋群において,ULLSとベッドレストにグループ間での統計的な有意差および交互作用は認められなかった。
 これらの結果から,ULLSはベッドレストと同程度の筋萎縮を引き起こす宇宙滞在モデルであることが明らかとなった。
 【今後の展望】 ULLSの特徴としては,1) 比較的少額の研究資金で実験を行うことができる,2) 被検者に対する精神的・身体的ストレスがベッドレストに比べ少ない,3) 被検者は多少不自由ではあるものの,通常の日常生活を送ることができる,という点である。このことは多くの研究者が研究にアプローチできることを意味しており,それによって多くの宇宙医学に関する知見が得られるものと思われる。さらにULLSは主に骨格筋と骨に対する不活動モデルであるとこれまでは考えられていたが,ULLSは最大酸素摂取量を有意に低下させ (Katayama et al. submitted),また動脈の伸展性にも影響することが我々の研究や先行研究から明らかにされてきている。このモデルをうまく利用することによって,ベッドレストより簡便に宇宙滞在をシミュレーションすることが可能と思われる。