宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

35.　静脈還流量の変化が動的脳血流自動調節能に与える影響

小川洋二郎^1,2，岩崎　賢一²，青木　　健²，斉藤　崇史²，大坪　　聖²，柴田　茂貴³，加藤　　実³，
小川　節郎³

¹日本大学歯学部歯科麻酔学講座
²日本大学医学部社会医学講座衛生学/宇宙医学部門
³日本大学医学部麻酔学講座

The effect of venous return on dynamic cerebral blood flow autoregulation

Yojiro Ogawa^1,2, Ken-ichi Iwasaki², Ken Aoki², Takashi Saito², Akira Otsubo², Shigeki Shibata³,
Jitsu Kato³, Setsuro Ogawa³

¹Department of Dental Anesthesiology, Nihon University School of Dentistry
²Department of Hygiene/Space Medicine, Nihon University School of Medicine
³Department of Anesthesiology, Nihon University School of Medicine

【背景及び目的】　微小重力環境暴露により循環血液量が変化し，体循環調節系に影響を与えることが報告されている。そのため，静脈還流量の変化が体循環調節系に影響を与えるならば，脳循環へも影響が生じると仮定し，中心血液量を増減させた際の脳血流自動調節能を検討した。
　【方法】　脳血流自動調節能には，通常の血圧範囲内では脳血流量は一定に保たれているという従来の考え方である静的脳血流自動調節能と，急速な血圧変動を考慮に入れた考え方である動的脳血流自動調節能がある。本研究では，健康成人男性7名に下半身陰圧負荷（15 mmHg, 30 mmHg）と生理食塩水投与（15 ml/kg, 30 ml/kg）を用いて中心血液量を段階的に増減させ，連続平均動脈圧と中大脳動脈血流速度を測定し，伝達関数解析: Transfer Function Analysisにより3つ周波数帯（超低周波数帯: 0.02〜0.07 Hz，低周波数帯: 0.07〜0.2 Hz，高周波数帯: 0.2〜0.3 Hz）のGainを求め，動的脳血流自動調節能の評価指標とした。Gainは血圧の変動に対し脳血流速度がどの程度変動したかを意味する。つまり影響の程度を意味し，血圧の変動量1 (mmHg) に対する脳血流速度の変動量 (cm/sec) として表され，値が大きいほど自動調節能が悪化したと解釈できる。
　【結果】　平均血圧は全段階で有意な変化を示さなかったが，脳血流速度は下半身陰圧負荷により低下傾向を示し，生理食塩水投与により有意に増加した。一方，低周波数帯の血圧変動は生理食塩水投与によって変化しなかったが，脳血流速度変動は増加した。この両変動の関係を伝達関数解析により評価した結果，低周波数帯のGainは，下半身陰圧負荷による静脈還流量減少においては変化しなかったが，生理食塩水投与による静脈還流量増加においては有意に上昇した。一方，超低周波数帯及び高周波数帯のGainは変化をしなかった。
　【考察】　中心血液量の増減により脳血流速度も増減したことから脳循環血液量が変化し，静的脳血流自動調節能に影響が生じた可能性があると思われた。また，低周波数帯のGainが生理食塩水投与により有意に上昇したことから動的脳血流自動調節能の悪化が示唆された。低周波数帯の調節機構は，筋原性因子，神経性因子，血管内皮由来物質等だと考えられており，低周波数帯の調節能が悪化した原因のひとつとして，脳循環の血液量が増し，脳血管の内圧及び血管壁の張力の変化が，“筋原性因子による脳血流の調節系” に影響した可能性が考えられた。
　【結論】　動的脳血流自動調節能は，下半身陰圧負荷30 mmHg程度までの静脈還流量の減少に対しては保たれているが，循環血液量の増加に対しては悪化することが示唆された。