宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

32. 14日間のヘッドダウンベッドレストにおける疲労関連自覚症の状態推移

平柳  要1,岩 賢一1,山口 喜久1,塩澤 友規1,青木  健1,大坪  聖1,斉藤 崇史1
岩瀬  敏2,神谷 厚範3,渡辺 順子4,高田 宗樹5,間野 忠明6,谷島 一嘉7

1日本大学医学部社会医学講座衛生学部門,2愛知医科大学医学部生理学第2
3国立循環器病センター研究所循環動態機能部,4聖隷クリストファー大学看護学部
5名古屋大学大学院工学研究科,6東海中央病院
7佐野短期大学

Changes of fatigue-related complaints or symptoms during 14 days of 6° head-down bed rest

Kaname Hirayanagi1, Kenichi Iwasaki1, Nobuhisa Yamaguchi1, Tomoki Shiozawa1, Ken Aoki1,
Akira Ootsubo1, Takashi Saito1, Satoshi Iwase2, Atsunori Kamiya3, Yoriko Watanabe4, Muneki Takada5, Tadaaki Mano6, Kazuyoshi Yajima7

1Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
2Aichi Medical University School of Medicine, 3National Cardiovascular Center Research Institute
4Seirei Christopher University, 5Graduate School of Engineering, Nagoya University
6Tokai Central Hospital, 7Sano Junior College

 【はじめに】 寝たきりによる腰背部痛などの身体的な苦痛,あるいはADLから懸け離れた制約的生活による精神的な苦痛などは,ベッドレスト実験の被験者にとって,かなり重要な問題である。我々は,これまでに,ほぼ等質のプロトコールで,14日の6° ヘッドダウンベッドレスト(HDBR)実験を3回実施してきた。HDBR実験において,計41名の健常若年男性の被験者に対し,疲労関連自覚症状を日本産業衛生学会産業疲労研究会の「自覚症状しらべ」質問票を用いて調査した。
 【方法】 調査日時は,HDBRの前日(Pre),開始後2日目(HDBR2),5日目(HDBR5),8日目(HDBR8),11日目(HDBR11),14日目(HDBR14)および終了後2日目(Post2)の午後2〜5時の間であった。この質問票は3群から成り,I群が「ねむけとだるさ」,II群が「注意集中の困難,III群が「局在した身体違和感」に関連した項目で,各群10症状について○か×で答えてもらった。各項目の測定日ごとに,有症率を計算し,コクランのQ検定を用いて有意水準0.05で検定を行った。
 【結果】I群「ねむけとだるさ」では,“あくびが出る”,“眠い” と云った睡眠不足を示唆する項目の有症率が,Preにおいてそれぞれ0.46, 0.68で,HDBR2での0.17, 0.34に比べて有意に高かった。“横になりたい” は,Pre(0.34)で,他の何れの測定日(0.07〜0.10)よりも有意に高かった。“眠い” は全測定日で,また “目が疲れる” はHDBR5以後の測定日で,有症率が0.3を越えていた。II群「注視集中の困難」では,何れの項目についても測定日間に有意な差は認められなかった。だた,HDBR2において,“物事に熱心になれない” と “根気がなくなる” と云った項目で有症率がそれぞれ0.34, 0.32とやや高めであった。III群「局在した身体違和感」では,“頭が痛い” が,HDBR5(0.17)において,Pre (0.00)よりも有意に多かった。また,“腰が痛い” は,HDBR2 (0.80),HDBR5 (0.59),HDBR8 (0.49) で,Pre (0.10) に比べて有意に多かった。“気分が悪い” は,HDBR2 (0.17) において,HDBR14 (0.00) に比べ有意に多かった。さらに,“口が渇く” は,HDBR5以降 (0.32〜0.39)で有症率が0.3を越えていた。
 【考察】 このように,14日にわたる6° HDBRの被験者は,その80% がベッドレスト開始から約1週間程度,腰背部痛に悩まされるが,その後,痛みに対する対処姿勢や感覚順応などで痛みが緩和するものと思われた。また,被験者の約半数が睡眠不足ならびに不規則な睡眠に起因すると思われる眠気をHDBR前からHDBR終了後にかけて訴える傾向が認められた。6° HDBRは地上での心循環系ならびに骨・筋肉系の模擬実験としてのみでなく,微小重力環境かつ閉鎖環境の中で宇宙飛行士が経験する腰背部痛や睡眠不足と類似した疲労関連自覚症を起こすことが明らかになった。これらの知見は,今後のベッドレスト実験において,被験者の身体的ないし精神的苦痛などを緩和するためのケア対策を樹立する上で,その基礎資料として役立つと思われる。