宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

30. 模擬微小重力環境下における腰椎椎間板内プロテオグリカン含量の変化とその回復過程

安岡 宏樹1,朝妻 孝仁1,富谷 真人2,吉原 愛雄1,根本 孝一1

1防衛医科大学校 整形外科
2自衛隊札幌病院 整形外科

Effect of simulated weightlessness on proteoglycan content in lumbar intervertebral disc

Hiroki Yasuoka1, Takashi Asazuma1, Masato Tomiya2, Yasuo Yoshihara1, Koichi Nemoto1

1Department of Orthopaedic Surgery, National Defense Medical College, Saitama, Japan
2Department of Orthopaedic Surgery, Japan Self Defense Force Sapporo General Hospital, Hokkaido, Japan

【はじめに】 宇宙飛行士が宇宙滞在中や地上帰還後に腰痛を経験することが知られているが,腰椎に対する力学的環境の変化が要因の一つと考えられている。腰椎椎間板は圧負荷を中心とした力学的負荷に常に暴露されているが,無重力空間のような恒常的に力学的負荷の減少した環境(減負荷)の影響についての知見は少ない。過去に,椎間板内で圧負荷に対するショックアブソーバーの役割を担うプロテオグリカン(PG)が,実際に宇宙飛行したラットで減少することが報告され,また尾部懸垂ラットを用いた模擬微小重力環境モデルにおいても同様の報告がなされている。しかしながら,帰還後に再び元の力学的負荷環境に戻ること(再負荷)によって減少したPG量が回復するのかどうか,また線維輪(AF)と髄核(NP)での反応の相違についてはいまだ不明である。
 【目的】 腰椎椎間板に対する模擬微小重力環境の影響と,再負荷による回復過程について,部位による相違も含めて検討する。
 【方法】 9週齢F344/N雄性ラット36匹をControl群(通常飼育0, 3, 6週間),TS群(尾部懸垂3, 6週間),TS+RL群(尾部懸垂3週間+通常飼育3週間)の3群に分け実験を行った(各群N=6)。尾部懸垂はMoreyらの方法を一部改良して実施し,各群屠殺後,腰椎椎間板を摘出した。摘出した椎間板は固定・脱灰後にパラフィン切片を作製しHE染色およびSafranin-O染色を施行し正中矢状断像の組織学的検討を行った。また採取した椎間板を実体顕微鏡下にてAFとNPとに分離,各々6椎間のサンプルを1検体とし,PG定量としてDMMB法を用いてGlycosaminoglycan (GAG)量を測定した。またHoechst33258を用いてDNA測定を行い,DNAあたりのGAG量について評価した。
 【結果】 (1) 組織学的検討: HE染色像では,各群とも構造上明らかな変化を示す所見は認めなかった。Safranin-O染色像では,Control群やTS+RL群と比較して,TS群で線維輪外側へ漸減する染色範囲が狭い傾向を認めた。(2) GAG量の変化: DNA補正後のAFのGAG量は,Control群に比較してTS群3週で29%,6週で42% 有意に減少した。TS+RL群ではPG量の回復を認めたがControl群と比較し有意に低値であった。また,NPではControl群に比較してTS群3週で35%,6週で27% 有意に減少した。TS+RL群ではControl群と同等のレベルまでの回復を認めた。
 【考察】 今回の結果では,組織学的に明らかな構造的変化を伴うことなく,減負荷にて一旦減少したPG量が再負荷にて回復傾向を示すことが確認された。これらの変化は力学的環境変化に対する適応と考えられるが,通常PG量の低下はいわゆる変性変化で,不可逆的な変化と考えられているにもかかわらず,力学的環境の変化で最大40% もの変動が起こりうることが示唆された。さらに,減負荷と同期間の再負荷にてPG量はNPではほぼControl群と同等まで回復するのに対しAFでの回復は非常に乏しかった。宇宙飛行や帰還後の腰部障害についての予防や治療を考える際には,AFとNP間の反応の相違による影響を考慮する必要がある。
 【結語】 腰椎椎間板内PG量は模擬微小重力環境下において減少した。同期間の再負荷にて回復傾向を示したが,髄核に比較し線維輪での回復は有意に乏しかった。