宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

29. ニワトリ肢芽間充織細胞の分化における過重力負荷の影響

高橋 俊介1,藤田 悠記1,下井  岳1,橋詰 良一1,岩崎 賢一2,伊藤 雅夫1

1東京農業大学生物生産学部動物バイテク研究室
2日本大学医学部衛生学/宇宙医学教室

Effects of hypergravity on the differentiation of chick limb bud mesenchyme cells

Shunsuke Takahashi1, Yuki Fujita1, Gaku Shimoi1, Ryoichi hashizume1, Ken-ichi Iwasaki2, Masao Ito1

1Faculty of Bioindustry, Tokyo University of Agriculture
2Department of Hygene and Space Med., Nihon University School of Medicine

【目的】 骨・軟骨組織は,日常生活における歩行,運動あるいは重力など様々な機械的刺激(メカニカルストレス)を受けている。こうしたメカニカルストレスは,骨・軟骨組織の正常な発育や生理的機能の維持に必要であると考えられている。今日までに骨・軟骨組織から単離した骨系細胞にメカニカルストレスを加える研究がいくつか報告されており,片岡ら(2002)によって,微小重力環境下で培養されたヒト間葉系幹細胞の軟骨への分化誘導において,II型コラーゲンの発現が抑制され,未分化の状態での細胞増殖が亢進されたと報告されている。しかし,このような骨形成の初期段階に対するメカニカルストレスの及ぼす影響についての報告は少ない。そこで本研究では肢芽の発生研究において先駆的な役割を果たしており,多くの知見が蓄積されたニワトリ胚の肢芽間充織細胞を過重力負荷環境下で培養する事によって,分化に及ぼす影響について検討する。
 【材料・方法】 供試鶏卵: 白色レグホン種の有精卵。有精卵の孵卵: 有精卵を孵卵器内で3.5日間孵卵した。前部肢芽組織の採取: 有精卵から胚体を取り出し,Hamburger, V. & Hamilton, H.L. (1951)によるニワトリ胚の発生ステージ分類を基に,発生ステージ22〜23の胚体を選別した後,胚体から前部肢芽組織を採取した。肢芽間充織細胞の培養: 前部肢芽組織から採取した肢芽間充織細胞は,コラーゲンゲル内に包埋した後,遠心重力負荷培養装置内で三次元培養を行った。対照区として静置培養を,実験区として1.5 Gと2.0 Gの遠心負荷を加えた培養をそれぞれ5日間行った。サンプルの固定および染色: 10% 中性緩衝ホルマリンで一晩固定した後,0.5% トルイジンブルー水溶液で染色し,細胞核及び軟骨基質を染色した。細胞の凝集体の観察: 各実験区における培養5日目の細胞の凝集体を形態とトルイジンブルーによる軟骨基質の有無から,5つのステージに分類し,その数の計測を行った。また,凝集体の分化を評価するにあたり,染色により細胞周辺の軟骨基質が染色されなかったステージA, Bを未分化凝集体とし,軟骨基質が染色された残りの3つのステージを分化凝集体とした。
 【結果及び考察】 総凝集体数において,対照区と過重力環境下で培養された1.5 G, 2.0 G区とでは対照区で1,234.8個/cm3 であったのに対し,1.5 G区で641.0個/cm3,2.0 G区で743.8個/cm3 と有意(p<0.05)に総凝集体数の減少が認められた。また,未分化凝集体と分化凝集体の総凝集体数に対する割合を実験区間で比較すると,全ての実験区間で有意な差(p<0.05)がみられ,対照区(69.5%),1.5 G区(79.7%),2.0 G区(81.9%)と過重力負荷の増加に伴い,分化凝集体の割合が増加した。続いて,各実験区の分化凝集体についてステージ間で比較を行った結果,対照区(ステージD・E: 36.6%)と1.5 G区(ステージD・E: 35.4%)で差が観られなかったのに対し,2.0 G区(ステージD・E: 47.6%)では対照区および1.5 G区に対し,有意(p<0.001)にステージD, Eの割合が増加した。以上のことから,1.5および2.0 Gの過重力負荷は,ニワトリ肢芽間充織細胞の凝集体形成を減少させるものの,分化速度を有意に促進させることが示された。