宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

27. 聴覚事象関連電位による精神作業負荷の評価の試み

徳丸  治1,武井英理子2,横井  功1

1大分大学 医学部 生理学第一講座
2航空医学実験隊 空間識科

Evaluation of mental workload by auditory event-related potentials

Osamu Tokumaru1, Eriko Takei2, Isao Yokoi1

1Department of Nerve and Brain Science (Physiology I), School of Medicine, Oita University Faculty of Medicine
2Spatial Orientation Section, Japan Air Self Defense Force Aeromedical Laboratory

【目的】 航空事故や鉄道事故の要因のひとつとして,パイロットや運転士に対する過大な精神作業負荷(MWL)が指摘されている。このため,シミュレーションや実機でのMWLの評価が重要と考えられる。従来,MWLの評価は,質問紙法や心拍数,呼吸数,瞬目数および脳波などの生理学的方法によって行われてきた。本研究はMWLの増大/性質の異なるMWLに伴う聴覚ERPの変化を明らかにし,ERPによる精神作業負荷の評価の可能性を検討することを目的として行われた。
 【方法】 実験1: 1,000 Hz (80%)と1,500 Hz (20%)の純音の系列により聴覚ERPを誘発ながら,以下の精神作業課題を行った: (1) オドボール課題(OBT)(逸脱刺激を計数),(2) なし(OBT無視),(3) 読書(OBT無視)。
 実験2: 1,000 Hz (80%)と1,500 Hz (20%)の純音からなる両耳聴課題により聴覚ERPを誘発した。OBT(逸脱刺激に対するボタン押し)を行った場合とOBTを無視した場合について,クレペリン課題(Kr)を元に考案した以下の4種類の課題を行った。(1) 標準Kr,(2) 複雑化Kr(和と二乗の計算),(3) 目標設定(標準Krの達成量の20% 増の目標),(4) control(Krなし)。
 【結果】 実験1: OBT遂行時に逸脱刺激に対してみられたP300は,OBTの無視により消失した。OBT無視条件下で,読書課題によりP200の振幅が有意に減少した(3.6±0.7 μV→2.0±0.6 μV, p<0.01)。実験2: OBT遂行時には,MWLによりP300の振幅が有意に減少した。OBT遂行時のP200の潜時は目標設定により有意に延長した(120±7 msec vs 124±11 msec, p<0.05)。OBT無視時には,N100の潜時は複雑化Krにより有意に短縮した(87±4 msec vs 78±3 msec, p<0.05)。また,N100の振幅の増大傾向とP200の振幅の減少傾向もみられた(ともにp<0.07)。
 【考察】 従来,MWLにより聴覚ERPのN100-P200成分の振幅が減少し潜時が短縮することが報告されている。これは,注意とは無関係にモダリティの異なる入力の通過を制御する過程automatic gating mechanismを反映しているという(Singhal et al., 2002)。P300がOBTに対する注意水準に依存するのに対し,N100-P200はOBTに対する注意とは無関係に出現するとされる。一方,OBTを遂行すると達成される作業量が減少することから,評価対象である精神作業に対する影響を避けるためにも,OBT無視条件化での記録が望ましい。故に,OBT無視条件下で記録したN100-P200は,評価対象課題にあまり影響を与えることなく,MWLの評価の指標となる可能性がある。しかし今回の実験では,MWLの増大に伴い潜時と振幅の複雑な変化が認められた。このことより,従来報告されていたようにMWLに伴って単純にN100-P200成分の振幅の減少と潜時の短縮が必ずしも起こるわけではないことが示唆された。ERPによるMWLの評価を行うためには,さらに詳細な検討を進めていく必要があると考えられる。