宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005
一般演題抄録
20. 能動的傾斜と受動的傾斜における金魚の眼球運動
岩田 香織1,高林 彰2
1藤田保健衛生大学大学院医学研究科
2藤田保健衛生大学衛生学部
Eye movements of goldfish for active and passive body tilt
Kaori Iwata1, Akira Takabayashi2
1Graduate School of Medicine, Fujita Health University
2School of Health Sciences, Fujita Health University
宇宙の微小重力環境では,耳石器への入力が消失することにより種々の機能的変調が生じる。重力入力の消失によって傾斜刺激が意味をなさないが直線加速度刺激は有効な刺激として働き,地上とは異なった感覚を生じ,これが姿勢調節や眼球運動の変調を誘発する可能性が示唆されている。これに関してotolith tilt-translation reinterpretation (OTTR)説が考えられている。金魚の宇宙実験では,ローリングやルーピングの異常行動が観察されている。我々はこれまで,固定した金魚に直線加速度や傾斜刺激を与えて眼球運動を解析してきた。今回は,このような受動的な前庭刺激の代わりに,背光反応による能動的刺激に対する眼球運動を解析することにより,OTTR説の検討を行った。
実験には正常金魚と左側卵形嚢耳石器を摘出した金魚を用いた。耳石摘出は,麻酔と酸素供給のためMS222の4万倍希釈した水を口から循環しながら金魚を固定し,金魚の頭骨にあけた小孔からピンセットを刺入,卵形嚢と三半規管と共に摘出した。そのあと傷口を消毒後,骨蝋で塞ぎ水の浸入を防いだ。能動的傾斜を誘発するために背光反応を用いた。背光反応は光照射を上方から左側方あるいは右側方へ切り換えた時の行動を魚の正面からビデオカメラで撮影した。パーソナルコンピュタに取り込んだ画像のフレームから,体の傾斜角度と左右両眼の垂直眼球運動角度を求めた。受動的傾斜刺激を行うために,密閉した水槽内に金魚を固定し,この水槽を傾斜刺激装置に固定した。両眼の垂直眼球運動を金魚の正面に固定されたビデオカメラで記録した。眼球運動の解析はビデオ画像をパーソナルコンピュタに取り込んで行った。
正常金魚の背光反応最大傾斜角度は10〜15度であった。光照射を上方から側方に切り換えると,眼球が光照射側へ回転した。つまり,魚の右側からの光照射に対して,右眼は下を向く方向へ,左眼は上を向く方向への反応を示し,右側からの光照射に対してはそれぞれの眼は逆方向への反応を示した。この時,光照射側の反応の方が大きかった。この時点で体はほとんど反応していない事から,この眼球運動は光に対する反応と考えられた。その後,体は光の方向に背を向ける反応を始め,両眼は元の眼球位置に戻り始め,さらには反対方向の眼球運動を示した。この時,光照射が側の眼球は,元の眼球位置に戻る程度であるが,反対側の眼球は,体の傾斜を代償する方向の眼球運動を示した。左側の耳石器を摘出すると,背光反応の傾斜角度は増大したが,特に術側への傾斜の方が大きかった。この時の眼球運動は,正常金魚と同様であったが,代償性の眼球運動の大きさは減少する傾向であった。体を固定した受動的傾斜に対して正常金魚は,体の傾斜角度が30度まではほぼ完全な代償性眼球運動を示し,体傾斜角度90度で反応はほぼ飽和し,130度以上の体傾斜には反応しなかった。体傾斜に対する金魚の垂直眼球運動はかなり広い応答範囲を持ち,能動的傾斜に対しても代償性眼球運動を示すことから,微小重力でのローリング行動は,体の傾斜刺激として受容されている可能性が示唆された。