宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

17. 不適矯正眼鏡によって発症しためまい症例

岡田 智幸,北島 明美,肥塚  泉

聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科学教室

A vertigo caused by non-fitted glasses — a case report —

Tomoyuki Okada, Akemi Kitajima and Izumi Koizuka

Department of Otolaryngology, St. Marianna University, School of Medicine

近年,安価で即装用可能な眼鏡を作成する眼鏡店舗の全国的拡大,ファション性を重視した眼鏡の流行により,眼科専門病院,大学病院への眼鏡が合わないとの問い合わせ,受診が増加していると聞く。最近,デパートのエスカレーターで下れない眼鏡装用者,コンピュータ・エンジニアのめまい症例の増加を個人的には認識している。彼らが装用する眼鏡はどれも小さい眼鏡の縁であることに容易に気づくであろう。そう思っている最中,貴重な症例を経験したので報告する。
 症例: 59歳男性(神経内科専門医),主訴: 回転性めまい(最も近い描写)
 現病歴: 講義,委員会や脳卒中学会等準備で毎日徹夜状態が続いていた。その最中,眼精疲労,後頭部痛を自覚,眼鏡が合わなくなったためであろうと本年4月9日自宅近所の眼鏡店に行き,検眼,4月16日購入した新しい遠近両用眼鏡装用開始。机上の書類整理やカルテ記載,PC画面は見やすくなったが,運転中遠方または上方(標識等)を見づらく感じるようになった。また,後頸部痛も増悪してきた。
 4月22日脳卒中学会ポスターセッションの座長のため早朝出発,盛岡会場に到着しても,会場案内が見づらくさらに午後の担当セッションでは高所にある部分が大変見づらかった。めまい感と気分不快になり,予定を変更し,同日東京に帰宅。その後,自覚症状に変動があるものの相変わらず,めまい感,後頸部痛のため,5月6日当科受診した。
 既往歴・家族歴特記事項なし。
 初診時所見: 新しい小さな眼鏡(上下幅29 mm)装用時の頭位は上目使いで,顎を引いていた。電気眼振検査(ENG: 眼鏡非装用で,暗所開眼で行った)では,頭位の変化に拘らず,上眼瞼向き眼振を認めた。ENG検査後,眼鏡をはずし,1時間後の坐位での赤外線Frenzel眼鏡(単眼開放)では,上眼瞼向き著しい眼振の減少を認めた。
 経過: 初診1週間後の5月13日まで,なるべく新旧遠近両用眼鏡装用(新旧の眼鏡上下幅の差10 mm)を控えるよう話し,ENG検査を施行,上眼瞼向き眼振の消失を認めた。
 多忙により,7月25日眼科受診まで,新旧の眼鏡を装着したりしなかったりし,めまい症状は消長していた (新しい眼鏡装用時,上眼瞼向き眼振を認めた)。検眼と新旧眼鏡のチェックを行い,むしろ古い眼鏡の方が過矯正であることが判明した。老眼の位置を調整し,正面視の頭位もほぼ正常と判断された。8月2日にはめまい感は消失した。
 【考察とまとめ】
 1. 上眼瞼向きの病巣が特定されない症例報告は散見されるが,眼鏡の不適矯正の可能性が示唆された発表は本症例が初めてである。
 2. ファッション性を重視した遠近両用眼鏡における上下幅 (通常36 mm以上が望ましい)の狭小化も本症例と同様の症例の再来を招く恐れがあると考えられた。
 3. 実用性とファッション性を兼ね備えた遠近両用眼鏡装用の指導,あるいは,両者の使い分けを提案したい。眼鏡を新しく購入する場合,眼科専門医の処方のもとに眼鏡を作成し,購入すべきであると考えられた。
 4. 遠近両用眼鏡矯正のみならず,眼鏡矯正者の眼鏡の大きさそして正面視での頭位等は,労働衛生の見地から,特に眼鏡装用者の航空身体検査(定期健診)でも考慮すべき項目と思われた。また,本症例のように,後頸部痛があり,コンピュータ作業でのVDT症候群を予防する意味でも,重要な項目であると考えられた。