宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

16. ヴァーチャル視覚刺激歩行のアフターエフェクト

野村泰之1,Jacob Bloomberg2, Ajitkumar Mulavara2, Jason Richards2, Rachel Brady2

1日本大学医学部附属板橋病院耳鼻咽喉科
2National Aeronautics and Space Administration (NASA) Lyndon B. Johnson Space Center

The after effect of virtual visual stimulated locomotion

Yasuyuki Nomura1, Jacob Bloomberg2, Ajitkumar Mulavara2, Jason Richards2, Rachel Brady2

1Nihon University School of Medicine, Department of Otorhinolaryngology-Head and Neck Surgery
2National Aeronautics and Space Administration (NASA) Lyndon B. Johnson Space Center

【目的】 我々の姿勢や歩行の制御・Podokinetics,歩行シナジーは前庭・視覚・体性覚の各入力情報によって規定されるが,前庭への重力情報が欠如する宇宙空間においては他の入力への依存度が高まるとともに,各入力情報の統合混乱をきたし空間識失調を呈する。そこで,宇宙での長期滞在に向けてNASAでは様々なパターンの宇宙飛行士訓練用の適応・再適応対策訓練のモデル実験を実践している。今回は,宇宙空間滞在中のトレーニングに用いられるヴァーチャル視覚刺激付加トレッドミル歩行の基礎地上実験のうち歩行後のアフターエフェクトの経時的動態を検討した。
 【方法】 健常成人被験者20名に対して1G環境下トレッドミル歩行中にヴァーチャルリアリティー視覚刺激を与え,トレッドミル歩行前後の変化を5回ずつの足踏み検査によって測定・検討した。まずPre足踏み検査として100歩 (90歩/分) の足踏み検査を5回施行し各回の最終位置および進行方向を記録。次に電動トレッドミル上を4 km/時でヴァーチャル情景を眺めながら20分間歩行。そしてPost足踏み検査としてトレッドミル歩行終了後,Preと同様に足踏み検査を5回施行した。足踏み検査では各回ごとの最終到達位置における床面座標(X, Y)から進行方向(Heading Direction)を求めた。ヴァーチャルリアリティー視覚刺激は,画面が動いた際に視運動性刺激となる要素を考慮して,室内に家具を配した情景をコンピューター・グラフィックスで作成し,トレッドミル上の被験者眼前1.5 mに設置した大画面スクリーンに投影し,被験者があたかもヴァーチャル室内を反時計回り(Yaw左向き)に歩行するようにトレッドミルの歩行速度に合わせて水平方向右向き30度/秒で動くように設定した。
 【結果・考察】 視覚刺激・視運動性刺激によって足踏み検査が偏倚することは知られており,トレッドミル歩行上での視運動性刺激ヴァーチャル情景を視覚刺激に用いた適応・再適応の実験における偏倚変化も報告されている。今回,トレッドミル歩行中のヴァーチャル画面をYaw右向きに動く視覚刺激として設定したため,その歩行環境に適応した被験者達はPost足踏み検査において左向きの偏倚傾向を示した。
 しかしこの偏倚傾向を5回の施行ごとにみてみると,通常の歩行環境への再適応における偏倚角度の平均値は1回目>2>3>4>5回目といった一元的な経時的減少は示さなかった。左方向への偏倚角度は3回目>4>2>5>1回目であり,本来再適応過程で最大値を示すと考えられた1回目が最大ではなかった。そしてこのような,歩行への刺激条件(トレッドミルでの前進負荷)と視覚への刺激条件(横方向への負荷)を組み合わせた実験手法によって,感覚入力混乱への適応を成し得た条件環境から通常の歩行環境へ再適応を行う際には,一元的な回復ではなく初頭に再適応新環境への調整期間を要する三次曲線状の経時的動態を示す可能性が示唆された。