宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

14. 動揺病感受性と視運動刺激により誘発される身体動揺・心臓自律神経反射との
関連性

青木 光広,伊藤 八次

岐阜大学大学院医学研究科 医科学 神経統御学講座 耳鼻咽喉科学分野

Motion sickness susceptibility associated with visually induced postural instability and cardiac autonomic responses

Mitsuhiro Aoki, Yatsuji Ito

Department of Otolaryngology, Gifu University Graduate School of Medicine

【はじめに】 外界の視運動刺激に曝露された際の身体動揺は個々がもつ動揺病感受性に相関があることが知られている。その際見られる自律神経反射にも同様に相関性があるかどうかはかならずしも明確ではない。そこで,視運動刺激を与えた際の重心動揺と自律神経反応を個々の動揺病感受性と比較検討した。
 【方法】 対象は,研究参加にあたり,十分な説明をしたあと,同意を得ることができた健常男性成人12名である。まず,動揺病感受性について質問表にて調査した。内容は,各種乗り物に乗った際の動揺病症状の発現について,12歳以前と12歳以降に分けて,5段階評価で回答を得た。その上で,動揺病スコアーが高い症例6名(平均スコアー28.0, SD5.3)と低い症例6名(平均スコアー12.6, SD5.0)をそれぞれ高感受性群,低感受性群とし,両群で比較検討した。被験者にはヘッドマウントディスプレイ(Eye Trek FMD-250W, Olympus)を装着した状態で,重心動揺計(アニマG5500)に閉脚で起立するように指示した。コンピューターグラフィックスで作成したリビングルームの映像(三重大学工学部 井須教授から提供)を画面中央の固視点を中心に振幅60度で回旋させた映像を視刺激として与えた。刺激周波数は,0.1 Hz, 0.2 Hz, 0.4 Hzの3周波数とし,静止画と比較した。刺激時間はそれぞれ3分間とし,その際の自律神経反射として,呼吸数と心電図をモニターした。呼吸周波数はRespiratory Belt Transducer (ADIntrument)を用いて測定した。また,心電図のRR間隔から,心拍変動周波数解析を行い,低周波成分(LFnu),高周波成分(HFnu)を求めた。
 【結果】 静止画中の心拍数,呼吸数,重心動揺において,両群間の違いはみられなかった(p>0.05)。
 高感受性群では6名,低感受性群では2名が動揺病症状を呈し,低感受性群の4名では動揺病症状は全く発現しなかった。高感受性群においては,0.1 Hz刺激中の総軌跡長,xRMS(x方向実効値),Total powerは静止画中に比して有意に増加した。低感受性群では,視刺激による重心動揺の有意な変化はなかった。両群において,呼吸周波数は視刺激により,刺激周波数に関係なく増加した(p<0.01)。しかし,心拍数には変化はなかった。また,高感受性群で0.1 Hz刺激において,LFnuが静止画に比して有意に増加し,HFnuが減少した(p<0.05)。低感受性群では心拍変動周波数解析において有意な変化はなかった。
 【考察】 ヒトは不自然な視刺激により,動揺が生じるように,姿勢制御には視覚依存が存在する。この依存度はプロダンサーやフィギィアスケート選手のように訓練により減らすことも可能である。今回の結果から,動揺病感受性が低い被験者は姿勢制御において視覚依存性が低く,自己受容器あるいは前庭系入力に依存性が高いと考えられた。ヒトは,姿勢制御に関わる各感覚モードへの依存度を切り替えることによって,様々な環境下での姿勢制御を高めている。従って,動揺病感受性が高い被験者では姿勢制御にかかわる感覚モードの切り替えがうまく制御できない結果として,動揺の増加を引き起こしたと考察した。また,高感受性群でみられた0.1 Hz刺激下でのLFnuの増加は動揺病感受性を反映し,こうした交感迷走神経バランスの乱れや交感神経活動増加が持続することにより,動揺病発現が誘発される可能性が考えられた。また,HFnuの低下は化学療法により誘発される嘔吐などの消化器症状発現の際にも見られることから,今回の動揺病感受性に関連性があるものと推測した。しかし,こうした刺激下でみられた被験者個々の反応が動揺病症状にとって,どのような意味をもつかは今後も研究をすすめる必要性がある。