宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

13. 弓道選手の静的および動的視覚外乱に対する修正能力

和田 佳郎1,武田 憲昭2

1奈良県立医科大学第一生理
2徳島大学医学部耳鼻咽喉科

Stability against static and dynamic visual disturbances in “Kyudo” players

Yoshiro Wada1, Noriaki Takeda2

1Department of Physiology I, Nara Medical University
2Department of Otolaryngology, University of Tokushima School of Medicine

環境変化の中で,姿勢を安定に保ち適切な運動をおこなうためには,視覚からの外界情報と,体性感覚や前庭感覚などの固有感覚からの自己情報が必要である。それぞれの感覚の依存度は,人や年齢,状況により異なると考えられるが,その詳細は明らかではない。そこで今回,固有感覚が優れているとみなされる弓道選手に注目し,静的および動的視覚外乱に対する安定性について解析をおこなった。
 対象は,弓道選手群24名(男10名,女14名,平均21.2歳),球技選手群35名(男21名,女14名,平均21.3歳),コントロール群34名(男17名,女17名,平均22.9歳)とし,下記の静的および動的視覚外乱実験を実施した。
 静的視覚外乱実験: 〈方法〉被験者は,正面50 cmの距離にあるターゲットを開眼で確認し,その後閉眼で指差すトライアルを,プリズム眼鏡を外して10回,装着して30回,再び外して20回の計60回繰り返した。被験者とターゲットの位置関係は変わらないが,プリズム眼鏡を装着すると水平あるいは垂直方向に視覚世界がずれるため,視覚の依存度が高いほど指差し誤差が大きくなるはずである。〈結果〉水平および垂直プリズム眼鏡装着直後の指差し誤差は被験者群の間で差はなかったが,弓道選手群はコントロール群や球技選手群と比較して少ないトライアル回数で誤差が小さくなった。
 動的視覚外乱実験: 〈方法〉被験者には閉眼および動的視覚外乱条件下においてロンベルグ姿勢を保つよう指示し,その際の前後および左右方向の重心位置を測定した(三栄,1G06)。動的視覚外乱は,被験者の前方と左右の3面にランダムドットパターン模様のパネル(縦145×横120 cm)を吊り下げ,前後方向に振子様運動(約0.42 Hz)させることにより作り出し,短い休憩を挟んで3回連続で実施した。視覚の依存度が高いほどランダムドットパターンの動きに惑わされ,重心動揺が大きくなるはずである。〈結果〉閉眼時での前後および左右方向の重心動揺は被験者群の間で差はなかった。動的視覚外乱条件での前後および左右方向の重心動揺は刺激直後に最大となり,その大きさは被験者群の間で差はなかった。しかし,前後方向の重心動揺に関しては,弓道選手群,球技選手群,コントロール群の順に短い時間で安定化し,その傾向は刺激1回目が最も顕著であった。
 静的および動的視覚外乱実験において,刺激直後では被験者群の間で差は認められなかった。しかし,いずれの視覚外乱刺激に対しても,弓道選手群は他の被験者群に比べて少ない回数,短い時間で元の状態に戻る傾向を示した。すなわち,弓道選手は視覚外乱に対する修正能力・復元能力に優れてており,これは外界情報(視覚)よりも自己情報(体性感覚や前庭感覚)に依存した結果であると解釈できる。
 今回の実験成果を基にして,今後,空間識形成における視覚,体性感覚,前庭感覚の依存性に関する研究を進めていく予定である。