宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

11. 血液検査用マイクロ流体デバイスの開発

寺田 信幸1,2,嶋宮 民安2,二村 園恵2,佐藤えり子3

1東洋大学工学部機能ロボティクス学科
2山梨大学総合分析実験センター
3山梨大学医学部小児科

Development of micro-fluid device for blood tests

Nobuyuki Terada1,2, Tamiyasu Shimamiya2, Sonoe Futamura2, Eriko Satou3

1Department of System Robotics, Faculty of Engineering, Toyo University
2The Center for life Science Research, University of Yamanashi
3Department of Pediatrics, Faculty of Medicine, University of Yamanashi

微小重力下において血液の主要成分である赤血球は,その数が減少するとともに一部が金平糖状,ボール状に変形することが知られている。また,長期宇宙滞在においては,免疫能が低下すると言われている。しかしながら,その機序や定量的な評価については,宇宙環境下での分析には限界がありデータが乏しく,実体を把握しているとは言い難い。一方,流体試料の注入,混合,攪拌,反応,分離,抽出を行う機構部品や,流路,溜池などの流体分析に必要な要素を小型・集積化したMicro Total Analysis System (μTAS)というマイクロ流体素子が近頃注目されている。μTASの実用化は宇宙環境下の厳しい制約条件の中で簡単かつ正確な血液検査を可能とする。さらに,超小型,省電力な生体情報モニターとして,ベッドサイドや在宅などで使える携帯型ユビキタス医療診断システムとしての展開も可能である。μTASの流路は,幅数〜数百μm,深さ数〜数十μmある。その作製には,半導体プロセスを応用しシリコンまたは石英基板に形成する方法,樹脂成形でプラスチック基板に形成する方法,レーザによる樹脂の直接加工法などが報告されている。 今回我々は,超小型,省電力な生体情報モニターを開発する基礎的検討として,UVレーザ加工と樹脂ラミネート法を用いて,三又構造の流路,小径パイプを挿入した立体構造の流路,擬似血管流路の3種類のマイクロ流体デバイスの作製を試みた。それぞれに血液を流し,血球の状態を観察することに成功した。
 その結果,三又構造の流路から発展させた小径パイプを挿入した立体構造の流路は,血球を一列に並べて流すことが可能で,血球をカウントする装置に最適であることが明らかとなった。この立体流路と微小パイプを組み合わせたデバイスは,血液流の全周を生理食塩水などの還流液が包み込み,層流を形成する。シース流は血液を流路壁面から浮かせ,細いビーム状に絞り込むため,流路壁面の影響や重力の方向・大きさの影響を受けにくい。これは宇宙微小重力下における血液検査システムを構築する上で重要な意味を持つ。また,在宅医療やベッドサイドで使用するポータブルタイプの血液検査システムおいても,設置方向を一定に保つことが難しく,重力の方向の影響を受けにくいという特徴は大きなメリットとなる。
 赤血球変形機能の測定は糖尿病,循環器疾患の予防・診断・治療に有用な情報をもたらすと考えられているが,未だ測定法が確立されていない。血液凝固機能測定,血小板凝集機能測定も,脳梗塞,心筋梗塞などの血栓症の治療・予防に不可欠である。これら検査の多くは病院の臨床検査部や臨床検査センターに送られ測定されている。近年の生活習慣病の急増に伴い,これら検査がベッドサイドや在宅などで行える小型,軽量で,取り扱いが簡単で,経費が安価な装置の開発が望まれている。今回作製した擬似血管流路は,観察を考慮し約φ20 μm〜12 μm・長さ45 μmの流路としたが,さらに細い流路とすることが可能であり,φ10 μm以下の擬似毛細血管として赤血球変形能の計測装置に発展させたいと考えている。1つのデバイス内に径の異なる多数の流路を作成することによって,赤血球変形能の観察と血管内血栓形成の観察など複数の検査を同時に行うことも可能である。また,ATカット水晶振動子との組み合わせや流路内のずり応力負荷による血小板凝集機能測定装置としての展開も期待できる。