宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

10. 旅行者血栓症予防としての弾性ストッキングの効果

須藤 正道1,三浦 靖彦2,栗原  敏1

1慈恵医大・宇宙航空医学
2(財) 航空医学研究センター

The effect of elastic socks (Flight Socks®) on travelers' thrombosis

Masamichi Sudoh1, Yasuhiko Miura2, Satoshi Kurihara1

1Div. of Aerospace Med., The Jikei Univ. School of Med.
2Japan Aeromedical Research Center

航空機などの座席に長時間同じ姿勢でいると下肢の深部静脈に血栓を生じ,肺血栓症を引き起こすことが問題となっている(旅行者血栓症: いわゆるエコノミークラス症候群)。旅行者血栓症の予防には,適度な運動,水分の補給,弾性ストッキングの着用などが提案されているがその有用性に関する報告は少ない。
 今回は8名の健康成人を被験者(男性4名,女性4名)とし,6時間航空機座席にて安静にさせたときの下肢のむくみが弾性ストッキングにより軽減されるかを検討した。各被験者は日を変えストッキングを着用したときと着用しないときで同様の測定を行った。インピーダンス法による下肢水分量,メジャーによる脹脛周囲径,自動血圧計による血圧,心拍数を1時間毎に測定した。また,アンケートにより自覚症状としての脚のむくみ感,体調を1時間毎に調査した。6時間の座位安静前後にマルチ周波数体組成計(タニタ,MC-190)により体重,筋肉量,脂肪量と身長を測定した。弾性ストッキングはSSLヘルスケアジャパン製のフライトソックスを用いた。
 その結果,脹脛周囲径および下肢水分量は弾性ストッキングを着用しないときは時間とともに増加を示したが,弾性ストッキングを着用したときは変化が見られなかった。また,自覚症状の下肢のむくみ感も弾性ストッキングを着用しないときはむくみ感を訴え,着用したときはむくみ感の訴えは減少した。
 実験開始前に体組成計で測定した脚の筋肉量と脂肪量と6時間座位安静による下肢水分量の変化との相関をみると,弾性ストッキングを着用しないときは脚の筋肉量と下肢水分量とに負の相関(r=-0.7007)が見られ,足の脂肪量と下肢水分量とに正の相関(r=0.7474)が見られた。弾性ストッキング着用したときは脚の筋肉量と下肢水分量には正の相関(r=0.5535)が見られたが,脂肪量と下肢水分量には相関が見られなかった。
 また,男女による脚の脂肪量,筋肉量の違いは,女性は男性より脂肪量が多く筋肉量が少なかった。脚の筋肉量と脂肪量とに男女差が見られたので,弾性ストッキングを着用しないときの脹脛周囲径,下肢水分量の男女差をみると,座位安静4時間目までは男女の差はなく増加するが,それ以後は女性の方が増加し,むくみ感の訴えも多くなった。
 深部静脈血栓症に関して手術後の発症には男女差はほとんど報告されていないが,旅行者血栓症では女性の方が多い報告がある。このことと今回得られた脚の脂肪量,筋肉量の男女差とどのように関係しているかは今後検討していく必要がある。
今回の結果より下肢のむくみ,下肢水分量の増加は弾性ストッキングにより改善されることが示唆されたが,旅行者血栓症は下肢での体液の貯留のみでなく血流量の減少も大きくかかわってくる。今回は血流量の測定を行わなかったが今後,血流量の変化,体組成などを詳しく測定しさらに検討する必要がある。