宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

8. コックピット・リソース・マネジメントの臨床への応用

吉田 泰行

沖縄徳洲会 千葉徳洲会病院 耳鼻咽喉科・健康管理課

An attempt of application of cockpit resource management to the clinical practice

Yasuyuki Yoshida

Department of ENT, Chiba Tokushuhkai Hospital, Okinawa Tokushuhkai

航空機の乗員の間では,狭い空間の中での人間関係に加えて,沢山の機械の操作を限られた時間内に的確に行うことが要求されるため,人間同士の関係や,加えてハードウエアのみならずソフトウエアも含めて,人間機械系の間を取り持ち,そこに有る色々な要素を有機的且つ効率的に組み合わせて最大限の効用を得る事ができるように考えられてきた。これはコックピット・リソース・マネジメント(CRM)と言われるものである。さらに最近では,実際に搭乗する乗員のみならず機外や地上で航空機の運行を支える人々も加えてクルー・リソース・マネジメントとも称するようになった。
 コックピット・リソース・マネジメントとは必ずしも安全管理の方法を言う訳ではないが,前述の要素より安全管理として汎用化することもできると考えられる。演者の様に産業医として労働衛生の現場に立ち,労働安全にも関心を持つ者にとっては,これを汎用化・一般化すれば,労働安全のみならず交通安全や医療安全と言った,凡そ安全と名のつく分野には応用が利くと考え,その臨床現場への応用について考察したいと考える。よって演者の個人的見解を含め検討を行ったので発表し,学会員諸兄の御批判を仰ぎたい。
 コックピットとは文字どおりの意味であるが,後で述べるようにコックピットのCをクルー/カンパニー/コミュニテイー等読み替えたり,その様に意味付けする事も有る。リソースとは,その場で持ち合わせている資源を言う。即ち人に関しては知識や能力,チームとしての人間関係を言い,機械に関してはハードウエア・ソフトウエアを含めるだけでなく,人間と機械の相互システムも言い,更に環境としてはそこに有る利用可能なものなら何でも,辞書やマニュアルと言ったものまで含める。マネジメントとは,これらの資源を有機的且つ効率的に組み合わせて利用し,最大の効用を得ることを言う。
 例としてKLM航空の作ったSHELLモデルを示す。S・Hは機械系としてのソフトウエア及びハードウエアを表し,Eはエンヴァイラメント即ちコックピットの環境,そしてL・Lはライヴウエア即ち人間同士の関係を表す。
 振り返って我々の行う医療について考えてみると,@ 医師の他医療関係者等,複数の職種の人間が役割を分担して行い,A 機械(ソフト及びハードウエア)を使用し,B 手術や外来といった時間的・空間的に限られた環境にて行い,C 医療過誤や医療事故を起こさないように間違いや失敗を最小に抑え,最大の効用を得る必要が有る。
 一方,医療の事を離れて安全管理一般について考えてみると,経験的にハインリッヒの法則が成り立つことが知られている。これは労働災害事故,航空機事故を問わず成り立ち普遍性が有ると言える。恐らく医療安全管理に於いてもハインリッヒの法則に基づく安全管理の方法論は成り立つであろうと考えられる。これは取りも直さず航空機を飛ばすために行われているコックピット・リソース・マネジメントも医療現場で同じように充分に成り立つと考えられることに根拠を与えることになろう。此れらのことに鑑み,演者はコックピット・リソース・マネジメントの医療における臨床の現場への応用について提言を行った。