宇宙航空環境医学 Vol. 42, No. 4, 2005

一般演題抄録

7. 頸髄損傷はヘリコプター搬送の積極的適応となり得るか ?
    —— ドクターヘリ搬送された一症例を通じて

水野 光規,岩村奈都子,八田  誠

JA愛知厚生連 安城更生病院 救命救急センター

Can cervical cord injury be one of the encouraged indications of emergency helicopter transportations ?
 —— considered with one case transported by an emergency helicopter

Mitsunori Mizuno, Natsuko Iwamura, Makoto Hatta

JA Aichi Agricultural Cooperatives for Health and Welfare, Anjo Kosei Hospital, Emergency Medical Center

【背景と目的】 当院ではドクターヘリによる救急搬送を受け入れている。今回我々は現場救急隊からの連絡にて頸髄損傷が強く疑われたためドクターヘリによる救急搬送を現場救急隊に指示した一症例を経験した。この症例をもとに,「頸髄損傷の疑い」が積極的なヘリコプター搬送の適応となり得るかを検討する。
 【方法】 当院にドクターヘリ搬送された頸髄損傷の一症例を通じて,文献的考察を交えて検討する。
 【症例】 13歳男性,プールに飛び込んで頭部を打撲し意識消失,9:29に救急車要請された。9:34救急隊現着時,意識清明,心拍数75 bpm, 血圧120/- mmHg, SpO2 98%(空気下)であり,両上肢の不全運動麻痺,両下肢完全運動麻痺,感覚麻痺を認めた。9:50頃,当院(現場より約20km)に収容依頼があったが,救急隊にドクターヘリ要請を指示。10:10ドクターヘリが救急隊とランデブー,輸液が開始された。10:29ヘリ収容した際,血圧低下(88/51mmHg)を認めた。10:33ヘリ現場離陸,5分後に当院着陸。その途中で呼吸パターンが不規則になった。来院時バイタルサインはほぼ不変だったが,呼吸は腹式呼吸様であった。また肛門は弛緩しており次第に持続勃起が明らかとなった。画像検査を経てC5・C6レベルの頸髄損傷と診断され,ICUに入院した。翌日よりリハビリ開始し,第20病日の頚椎前方固定術を経て第54病日に転院となった。
 【考察】 本症例では救急隊からの第一報により頸髄損傷が強く疑われると判断しドクターヘリ要請を指示した。その理由は,神経原性ショックに至る可能性と気道呼吸管理を必要とする可能性があるため早期二次救命処置が必要と考えたことの他,約20 kmの救急車走行における頸髄に与える振動・衝撃をヘリコプター搬送により軽減できると考えたからである。しかし,頸髄損傷に関して救急車搬送とヘリコプター搬送を比較検討した報告はない。そのため今回文献的に比較検討を行った。患者にかかる力は加速度により規定され,振動・衝撃はジャーク(加速度の変化率)により規定されると考えられる。アクティブ制御ベッドに関する研究(佐川貢一,猪岡光,小野貴彦,山岸義忠らの諸発表)の中で,救急車搬送時の加速度は三軸全ての方向に±2 m/s2 程度の加速度が繰り返しかかり,特に鉛直方向の加速度変化が大きいデータが示されていた。加速度2 m/s2 は,身長170 cmの人が頭を足に対して35 cm程度下げた時,または頭尾方向に約10° 傾けた時の重力加速度に相当し頸髄損傷患者搬送において無視できないものとなる。一方,Macnab A, Chen Y, Gagnon F, et al. Vibration and noise in pediatiric emergency transport vehicles: A potential cause of Morbidity ? Aviat Space Environ Med. 66(3): 212-9, 1995の中でヘリコプター機内に搭載した保育器の加速度が示されていた。Bell 222Aの場合で最大値2.35 m/s2, BK117の場合で最大値1.35 m/s2 であった。搬送時における加速度発生の主な原因を検討すると,垂直方向(患者の背腹方向)に関しては,救急車は路面状況,ヘリコプターは離着陸や上昇下降であることが考えられる。路面状況による加速度の変化の回数はヘリコプターの離着陸や上昇下降と比較し明らかに多く,その程度も大きい。つまり救急車搬送の方が大きなジャークがかかる頻度が多い。水平方向(患者ベッド面)に関してはともに加減速や右左折・旋回が加速度発生の主な原因と考えられる。救急車は追越し・右左折を繰り返すため,ヘリコプターに比べ明らかに加速度変化の回数が多い。以上よりヘリコプター搬送により頸髄に与える振動・衝撃の軽減を図れることが考えられる。
 【結語】 救急車搬送に比し,ヘリコプター搬送は機内環境の特性から振動・衝撃の面で頸髄損傷患者に与える影響が少ないと考えられた。また早期の二次救命処置を施す観点からも,「頸髄損傷の疑い」はドクターヘリをはじめとするヘリコプター救急搬送の積極的適応となることが示唆された。