PAS反応の原理とポイント
【質問事項】
1.当院のPAS反応は教科書のような鮮やかな色調ではなく,青みがかったくすんだ色合いになってしまいます.改善方法はありますか.

2.低分子グリコーゲンは水で溶出しやすいとのことですが,切り出し時の水洗でも溶出しやすいのでしょうか.(軟部腫瘍におけるグリコーゲンの染まりが悪いと言われますが,切り出し前の水洗時間が影響しているのではないかと考えています)
アルコール性過ヨウ素酸を使用した場合,高分子グリコーゲンの染まりへの影響はないと考えてよいでしょうか.

3.PAS反応の亜硫酸水洗浄後の流水水洗について質問します.流水水洗により反応が増強することは,経験しておりとても重要な工程であると思います.当院でも流水水洗を5分で行っていますが,迅速診断などでPAS反応を用いる際に,流水水洗の工程を短縮する方法はありますか.水洗の際にスライドガラスを動かしてなるべく脱亜硫酸を進めることなどが思い浮かびました.また,お湯に浸すなどはいかがでしょうか.

4.アルコール性過ヨウ素酸は,何パーセントアルコールで溶解するのがよいでしょうか.

5. シッフ試薬の品質管理を行うにはどの様な方法がありますか.また,自家調整する場合の塩基性フクシンの選定法ですが,以前はクロマトや吸光度の測定がありましたが,これらの機器がない場合の検定方法などがあれば教えてください.

【回答】
1. PAS反応後(ヘマトキシリンの核染の前の段階)の標本を観察され,その時点でのPAS陽性部位の色調が本来の赤紫色であるかどうか確認してください.また赤紫色が淡い場合は,共染が問題ない程度に,染色力の強いコールドシッフで濃く染めてください.PAS反応による陽性部位の色調に問題がない場合,ご質問いただきましたご施設では青紫色のヘマトキシリンが共染ないしかぶっている可能性が大きいです.正(+)荷電のヘマトキシリン(正確には,ヘマテイン・アルミニウム錯体)は,組織の主要成分の蛋白質にも親和し,PAS陽性部位と重なり青みがかると考察されます.そこでヘマトキシリンの共染のリスクが少ない条件で核染してださい(ヘマトキシリンの核染時間を短くしたり,また塩酸分別の不要なマイヤーヘマトキシリンのような進行性染色用ヘマトキシリン染色液で弱めに核染).
もし核染前の切片上のPAS陽性部位の色が青味ないし紫色を呈している場合,シッフ試薬が原因の可能性があります.自家調製されている場合,色素がパラローズアニリンないしC.I.No.42500の塩基性フクシンであるかどうかチェックしてください.C.I.No.42510 やC.I.No.42520塩基性フクシンから調製されたシッフ試薬ですと,そのPAS陽性部位は紫色に近い色を呈します.

2. 軟部腫瘍におけるグリコーゲンの分子量が不明なのでその水溶性の程度は分かりませんが,組織部位がむき出しになっている薄切切片ほどではないですが,切り出し時の水洗でもグリコーゲン溶出のリスクは多少あると考察されます.アルコール過よう素酸の酸化反応ですが,高分子グリコーゲンも問題なく酸化されると考えられます.
他の方からの質問4に対して,アルコール性PAS反応について回答させていただきましたが,低分子グリコーゲンのPAS反応には,固定液を含め染色操作全過程にアルコール性試薬を使用する必要があります.講演時の私の説明不足があったことをお詫び申し上げます.

3. 流水水洗の短縮として,理論的には水洗時スライドを動かしたりお湯に浸すと多少水洗時間を短縮できると考えられますが,本件についてネット調査しましたが,その知見をみつけることができませんでした.
一般的に迅速染色をする場合,各試薬溶液の試薬濃度を高くして,各ステップの時間を短縮することがあります.そこで過よう素酸水溶液の濃度を高くしたり,もし通常のシッフ試薬(ボイルドシッフ)を使用されていましたら,代わりに染色力の強いコールドシッフを使用すると時間を少し短縮できると思います.

4. 水溶性の低分子グリコーゲンも染色するには,酸化剤溶液だけでなく,固定液も非水性固定液(例,カルノア液)の使用が推奨されています.文献1)上のアルコール性PAS反応用試薬溶液の調製や,その染色法について下に記します.ご質問のアルコール性過よう素酸の処方は下記をご参考ください.標本作製の全過程でアルコール性の試薬を使用するとなると,通常の病理検査室では本染色法をルーチンに行うのは困難と思われます.

1)アルコール性シッフ試薬の調製
① アルコール性シッフ試薬保存液の調製
 ほぼ煮沸状態の高温の精製水200mlにパラローズアニリン3gを加え,攪拌しできるだけ色素を溶解する.その色素溶液を30℃に冷却する.濃塩酸3ml加え,さらに亜硫酸水素ナトリウム6.0gを加え,攪拌し亜硫酸水素ナトリウムを溶解させる.
 容器に栓をして,24時間室温暗所で放置する(溶液の色は淡褐色~麦黄色になる).約0.5gの活性炭を添加し,激しく攪拌し,濾過する.濾液のアルコール性シッフ試薬保存液は無色透明になる.冷蔵庫内にて保存.本保存液の使用期間は短く,液がピンク色を呈してきたら廃棄する.
② アルコール性シッフ試薬使用液
 保存液12ml,エタノール28ml,濃塩酸1mlを混和し,使用液とする.
③ アルコール性過よう素酸
 過よう素酸 1gを蒸留水30 mlに溶解し,さらに70mlのエタノールを添加して,アルコール性過よう素酸とする.
④ アルコール性還元液(亜硫酸液)(使用時調製)
 ニ亜硫酸カリウム 0.5gを蒸留水30 mlへ溶解し,70mlのエタノールを添加し,アルコール性還元液(亜硫酸液)とする.使用時調製し,繰り返し使用は不可.

2)アルコール性シッフ試薬によるPAS染色法
① アルコールないしカルノア液で固定し,パラフィン包埋
② 薄切(ただし水との接触はできるだけ避ける)
③ 切片剥離防止処理スライドグラス(例,シランコートスライド)を用意し,そのスライドの上に2~3滴の95%エタノールを滴下し(できれば40℃ホットプレート上で),その95%アルコールの上に切片を浮かべる.
④ 通常通り乾燥させ,70%アルコールへ切片を浸漬
⑤ アルコール性過よう素酸で酸化        10分
⑥ 70%エタノールで洗浄            5分
⑦ アルコール性シッフ試薬で染色        15分
⑧ アルコール性還元液(亜硫酸液) Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ  各5分
⑨ 70%エタノールⅠ,Ⅱ,Ⅲで洗浄        5分
  (対比染色をする場合は,エタノール濃度70%以上の色素溶液を使用)
⑩ 95%エタノール,100%エタノールで脱水,透徹,封入

参考文献
1) Vacca L L.: Laboratory Manual of Histochemistry, Raven Press, New York, 1985

5. 
① シッフ試薬の品質管理(QC)
コントロール用ブロックを用意し,適時そのブロックからの薄切切片をコントロールとしてシッフ試薬のQCに使用.多糖類などが局在する部位が所定の色調及び濃さに染まっているかを検査.本検査は,下記のQC例でも使用されています.
ドイツメルク社のNo.1.09033 Schiff’s reagentのQCの項目と規格が下記から入手できます.
file:///C:/Users/akiow/Downloads/1090330500_000000000000_SA_EN.pdf
 そのQCの項目と規格は下記のごとくです.
QC項目               規格
A) Identity(Color reaction)    passes test
B) pH値              2.1-2.5
C) Sodium sulfite(Na2SO3)    0.80 – 1.25 %
D) Suitability for microscopy   passes test
「顕微鏡用用途に適するかの検査で,実際にコントロール用切片を染色し,細胞,組織の所定成分(多糖類,グリコーゲン,糖蛋白,他)部位が所定の色に染まっているかの検査」

② 塩基性フクシンの選定法
 クロマトや分光光度計などの分析機器がない場合,塩基性フクシンからシッフ試薬を調製し,上記のDのように実際にコントロール切片をPAS染色して,所定の細胞,組織部位が所定の色調や濃さで染まり,共染もほぼないかを検査する方法が考えられます.が,シッフ試薬調製を目的として塩基性フクシンorパラローズアニリンを購入するさい,PAS反応などの機能検査のQCにパスした色素の購入をお勧めします.塩基性フクシンは表のごとく3種類あります.その中でシッフ試薬ないしコールドシッフの調製に最も適するのはパラローズアニリン(Pararosaniline, C.I..No. 42500)です.製品カタログ上及び製品ラベル上”Pararosanine”ならほぼ問題ないです(“ほぼ”の意味は,メーカーによって,色素含有量が異なることがあり,含有量が低い色素でシッフ試薬を調製した場合,染色力が弱いことがあります).試薬メーカーによっては,“塩基性フクシン(Basic fuchsin)”という製品名で販売していますが,カタログ上またラベル上,Basic fuchsin C.I.No. 42500と記載されていればほぼ問題ないです.しかしC.I.No.が表示されていない“塩基性フクシン”はMagenta 0(C.I.No. 42500),Magenta IまたMagenta Ⅲの混合物であることが多く,シッフ試薬調製に適さない場合もあり,また色調がより紫色になる場合あります.そのため“塩基性フクシン”購入のさい,その“塩基性フクシン”がC.I.No. 42500であるかどうかを確認することが重要となります. qa109-6

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