中皮腫と良性中皮細胞との鑑別診断における補助診断ツールの有用性と判定の注意点
【質問事項】
1. MTAP等のIHCを行うときは,用手法で行うとお聞きしました.その理由は症例によってプロトコルを動かさなければならない(症例ごとに染まりをよく確認しながら行う必要がある)との理解でよろしいでしょうか.その場合,原因は何が考えられますか.固定時間でしょうか.

2. p16の欠失による中皮腫とNF2が欠失する中皮腫では組織学的に何か違いはあるのでしょうか.

3.マーリンの使用抗体とその染色条件を教えてください.

4.細胞診標本を用いてFISHを行う際に工夫されていることはありますか.

5.セルブロックで,FISHで行うこともあるかと思いますが,セルブロックの作製方法によってFISHがうまくいく,もしくはうまくいきづらいといった経験はありますか.

6.上皮型中皮腫は,病期初期から腫瘍細胞が胸水中に出現することは知られていますが,その胸水の細胞診塗抹標本でのBAP1やMTAPの応用について教えてください.

7.貴院における中皮腫と反応性中皮細胞との鑑別にて,推奨される一次抗体の選定方法を教えてください.中皮腫鑑別診断における免疫組織化学やFISH法にて,セルブロック作製方法の注意点について教えてください.

【回答】
1. 用手法にてICCを行っているのは,MTAPではなく,塗抹標本を用いたBAP1です.
細胞診標本の場合,特にBAP1では細胞質の過染が起きやすいので,DAB発色に際して顕微鏡下で色調を確認しながら発色操作を行っております.
また,Cell block,Tissue sectionにおいても,症例によっては明らかに内在コントロールの染色性が不良な場合があり,そのような際には,賦活条件,1次抗体の抗体濃度,反応時間などの調整しております.その原因としては,やはりホルマリン固定までの放置事案,固定時間などプレアナリシス段階に起因していると考えております.

2. 私共の研究では,少なくともCDKN2A(p16)欠失症例とBAP1変異症例での形態学的差異は無いと考えております.同様に,NF2変異症例においても特に形態学的差異は無いものと考えております.とは言え,未だNF2変異症例に関する具体的研究は始めたばかりですので,明確な回答は持ち合わせておりません.

3.口演でも触れましたように,Merlin-IHCに関しては,染色装置,賦活条件,抗体濃度・時間,Enhancer(増感)試薬の有無,DAB発色時間などを含めて,BAP1やMTAPと異なり,機器,検出試薬によってかなり染色態度が異なります.反応性中皮細胞においても,随分異なることが分かっております.現在,多くの施設でも採用できるように安定した結果が得られるための手技的検討を重ねている状況です.
尚,当院で使用している抗体は,NF2(D3S3W)Cell signaling technologyで,染色装置はDako OMNISおよびRoche Ultra PLUSで検討中です.

4.細胞診標本でのFISH法において一番工夫している点は,酵素処理の濃度と時間です.酵素はSIGMA(pepsin: p-6778)で,0.3%pepsin/0.01N HClとして自家調整しております.Pap脱色標本の場合,20~25分,Giemsa脱色標本の場合,15分の処理としております.
また,脱色に際しては,Carnoy液に15分間浸漬しております.いずれの方法においても,標本作製後1年以内の標本が好ましいです.尚,新鮮乾燥標本の場合は,酵素処理を行うことなく,大変きれいなシグナルを得ることができます.その他のDenatureや前処理は組織標本と操作は変わりません.

5.組織標本と同様,やはりホルマリン固定条件が一番の要と思います.当院ではホルマリン重層法にてCBを作成しておりますが,観察対象の細胞も,深部よりも表層~中間層に分布する細胞で判定するようにしております.組織標本同様,良好なシグナルが得られない場合には,酵素処理の時間を長くするなどの対応をしております.尚,アルギン酸法でのCBでも問題なくシグナルは得られますが,再検が必要となる症例が多いようには感じております.

6.早期中皮腫でも進行期の中皮腫でも,基本的には遺伝子異常の頻度,細胞形態に特段の差異はないと感じております.WHO分類第5版より加わったMesothlioma in situのカテゴリーも,これら遺伝子異常が早期の段階から検出されるというエビデンスを基に確立された概念です.従いまして,画像診断(CTやPET)で異常が検出されなくても,胸水中にこれら遺伝子異常を有する中皮細胞が認められれば,中皮腫の可能性を大きく支持するものです.このような意味合いからも,胸水細胞診におけるBAP1,MTAP(CDKN2A-FISH)検索は極めて重要と考えます.

7.当院においては,中皮腫パネルを作成し,運用しております.「Calretinin,Podoplanin,sHEG-1,SOX-6,WT-1,Desmin,EMA,CEA,claudin-4,TTF-1,BAP1,MTAP,Merlin,未染(FISH用)5枚,HE,A.blue,PAS」が基本です.腹水の場合には,癌腫マーカーとしてPAX-8,ERなどを追加しています.
セルブロック作製において,極めて重要なことは,組織標本同様,固定までの放置時間と固定時間です.採取後,直ちにスメアを作成し,CB作製の必要性を判断し,必要の場合には直ちに重層法にて作製します.室温での放置時間が4時間を超えると,明らかに核内抗原の染色性の劣化,FISHの反応不良・ノイズ増加が実験的に検証済です.そのためどうしても直ちに作成できない場合は,4℃冷蔵庫保管し,同日中には検体処理することをお勧めいたします.

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